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書籍案内(渋澤栄一「渋澤論語を読む」)
二松學舍大學 理事長 小林日出夫 平成八年三月吉日

 本書の著者、深澤賢治君は、本学を昭和四十四年に卒業した、第三十七回の卒業生である。本学では、附属の両高校はもとより、大学においても国文学科、中国文学科、国際政治経済学科の別なく、親しく論語に触れられる教育を行ってきた。論語が儒教の原典であり「人間いかに生くべきか」を示した人類不朽の古典だからである。
 彼は、卒業後間もなく利根警備保障を起こし、本年五月、創立二十周年式典を迎え、社名もシムックスと変えて、更なる飛躍を目指したいという。その記念として、日常愛読し、自分の講演のもとになっている、澁澤榮一翁の論語講義を、いかに読み、いかに活かしたかを一書にまとめたという。いかにも本学出身者でなければできない快挙である。
 この本の下敷きとなったいわゆる澁澤論語は、澁澤翁が本学創立者の三島中洲先生と肝胆相照らして、論語と算盤、経済と道徳は一体でなければ国家の役には立たぬという信念で、大正十二年四月から、十四年九月にかけて本学で講話されたものである。その後、本学の講義録として刊行されたものを論語講義として一書にしたもので、論語を自ら数々の事業経営に活かされた貴重な体験談が、一章一章に裏打ちされた、財界人必読の名著であった。
 その後、昭和五十年、本学創立百周年記念事業の一環として復刻され、現在は明徳出版の重厚な一冊本と、講談社の学術文庫の七冊本の二点が公刊されている。その翁の体験談に触発され、更に著者の体験を加味して、論語を知らない現代人にも読めるようにまとめたところが本書の特徴である。
 著者も齢すでに天命を知る五十に達する。自らの事業経営の間にも、本学同窓会である「松苓会」群馬県支部長として、同窓会の取りまとめ役をつとめ、更に若い世代を中心とした「二松學舍大学・二十一世紀の会」の会長として、同窓や後輩達の世話をやく等、まことに精力的な活動を続けて倦むことを知らない。本学出身者の中でも希有な存在である。しかもこの間に接した政財界の人たちの言行を細かに記録し、その長所に学ぼうと努力している向学心は、敬服に値しよう。
 昨年からは本学の評議員として就任いただき、将来計画懇談会のメンバーにも加わってもらって、母校の経営の一端を担ってもらっている。こうした畏るべき後生を得たことは、私としても心強い限りである。どうか澁澤翁にあやかって、経営活動は道徳の裏打ちがなければ、人をも国をも危うくすることを今後とも実証していただきたい。陽明学の事上磨煉を積み重ねている著者なら、これはできない注文ではなかろう。
 本社の刊行を慶ぶと共に、著者深澤君の大成を期待してやまない。

書評 深澤賢治著 「渋澤論語をよむ」
共愛学園副学長 深澤厚吉
平成8年6月17日(月)上毛新聞掲載

 このたび、深澤賢治さんが『渋澤論語をよむ』という本を刊行された。瀟洒な本である。著者と私は同姓ではあるが、同族ではない。同学の先輩、後輩という縁である。
 実に易しく書かれ、楽しく読むことができた。「論語」は、だれでも簡単に読めるものではない。「渋澤論語」も、かなり読みにくい。それを著者は易しく解き明かしている。孔子の思想、渋澤榮一の思想への入門書として、これは近ごろ珍しい快書である。
 著者は二松学舎大学卒業後に太田市で「利根警備保障」を設立、創業20周年を迎えたのを機に今年4月、「シムックス」と社名を変更し、いよいよ大きく業界で活躍しようと期している40代の新進気鋭の実業家である。
 著者は、経営者としての理想を、明治・大正期に日本の近代化に大きな足跡を残した実業家、渋澤榮一に求め、その思想を今に受け継ぎ、実践することを使命としている。それ故、朝な夕なに「渋澤論語」を愛読し、社員や友人に対し、これを推奨し講義してきた。その結晶がこの著書である。
 孔子が弟子たちに語った語録「論語」は、人類にとって不朽の名著である。「人生いかに生きるべきか」をまじめに考える人にとって、またとない書である。
 「渋澤論語」は、渋澤榮一が92歳で亡くなる10年ほど前の84歳の時から正味2年間にわたり、二松学舎において行った講義の筆記録である。激動の明治期に交わった元勲たちや多くの友人たちの言動が、彼の目を通して随所に語られている。彼は自己の行動のバックボーンを孔子の思想におき、経済人は金におぼれてはならぬ、常に人倫の大道を歩むことを忘れてはならぬ、すなわち「論語とソロバン」の両立を叫んでいるのである。「渋澤論語」は渋澤榮一の精神の自叙伝でもある。
 『渋澤論語をよむ』では、著者の理想と生活が渋澤翁のそれと二重写しになって描かれている。渋澤翁にならって堂々たる生き方をしようとしておられる。
 「論語」は素晴らしい。
 「渋澤論語」は素晴らしい。
 『渋澤論語をよむ』もまた素晴らしい。
 さわやかな生き方をしておられる著者の語る人生論、この本を「志」をもって生きようとする多くの人たちにお勧めする。

書評 深澤賢治著 「渋澤論語をよむ」
文学博士・日本文芸家協会々員 中里麦外
平成8年6月28日(金)上毛新聞掲載

 「渋澤論語」とは、渋澤栄一が、84歳から86歳にかけて二松学舎で講話した体験的論語講義のことである。
 「論語」は、渋澤栄一の<生>のよりどころであったようだ。自然と人間が、ありうべき融合へと至る道程、それが「論語」に説かれていたからであろう。
 「論語」の、いわば現実重視の視点はまぎれがない。「渋澤論語」が獲得した説得力や読みものとしての面白さはそこから生まれる。それを「論語」と一枚となった渋澤栄一の自己実現と言ってもよい。
 本書は、その意味で、いわば、「深澤『渋澤論語』」と言うことができるかもしれない。
 著者は、「渋澤論語」に魅かれた理由について「はじめに」の中で述べているが、それは「@会社経営のノウハウが随所に見られること。A人間として大事なものは何かを常に追求していること。B明治時代に活躍した維新の志士たちを生き生きと人物評価していること。C日本に株式会社の制度を導入することが『自分の使命』と確信し、生涯に渡り実行した渋澤栄一さんの生きざまが迫力を持って迫ってくること。D論語のエキス」の五点である。
 こうした指摘は、社員数1,300人を超すシムックスグループ(本社・太田市)の代表をつとめる著者の体験や経営哲学から出たものであることは間違いないだろう。
 ところで、「論語」ときいただけで、あるいは敬遠するむきがあるかもしれないが、本書の語り口は、実に明快で、親しみ深い。また、新鮮な発見に満ちており、何よりも肩のこらないところがよい。
 もともと「論語」は、2,500年前の乱世をしたたかに生きた孔子の言行録である。また、「渋澤論語」は、激動の近代日本を導いた渋澤栄一の人生の「論語」録であり、その「渋澤論語」に啓発されて生まれた本書は、平成維新の転形期を生きる著者が、渾身の力を傾けた信念の体験録である。
 本書は、著者がみずからの身体をなかして体得したものや腹におさまったものが語られる。その点、いささかの妥協もないのがいさぎよい。
 しかし、著者は、自身がいわば途上の人であり、本書もまた途上の書であることを決して忘れることはない。それは、著書が、孔子をはじめとして佐藤一斎、山田方谷、三島中洲、渋澤栄一、安岡正篤、木内信胤、等々、自己の心にかなった多くの先達や有縁の人々から、謙虚に学びとろうとする強靭な精神の持ち主だからであろう。
 「深澤論語」が誕生したことを慶賀したいと思う。