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ぶらり旅(平成23年3-5)

平成23年05月02日(月)
■平成23年4月3日~6日<群馬・上野・千鳥ヶ淵・九段上・京都醍醐寺三宝院・随心院・勧修寺・伏見桃山城・高台寺~二条城>
■平成23年4月13日太田市内・金龍寺周辺 平成23年4月22日~23日<赤城千本桜・妙義山さくらの里>平成23年4月25日塩釜神社、4月28日弘前城さくら祭り>


■平成23年4月3日(日)~6日(水)群馬・太田市内芝桜の里~足利フラワーパーク。上野公園~千鳥ヶ淵~九段上靖国神社。
 3日はとても寒い日で、折角の屋台もお客が入らず、寒々としていた。芝桜も今ひとつで、早々と引き上げて、次の目的地である足利フラワーパークに行った。まだ桜の開花には早いようで、菜の花やチューリップに水仙等々が咲いていた。
 昨晩は都内に泊まり、4日の朝方に上野公園へ行ったら鴨が元気に泳ぎ、桜や躑躅が咲いていた。残念なことに<「うえの桜祭り」は、大震災のため中止になりました。宴会は自粛願います>との看板が至る所にあり、ごみ捨て場も設置されていなかった。しかし、桜は見事に咲いていた。次に千鳥ヶ淵へ廻ったら、ここも<千代田さくら祭りは中止>との立て看板があり、人出も少なかった。もしかしてと思い九段上に行ったら、こちらも<東日本大震災に鑑み、花見の宴はご遠慮願います>という立て看板があった。
 都内の様子は分かったので、少し西に行こうと考えて京都に向かうことにした。


■平成23年4月5日(火)~6日(水)京都・醍醐寺三宝院~随心院~勧修寺~伏見桃山城~高台寺~二条城。
 5日、東京駅から早朝の新幹線に乗り、京都へ直行した。醍醐寺は凄まじい人出で、花も満開だった。境内は広く、五重塔やらちょっと洒落た池やら人いきれやらで草臥れたが、頑張って随心院へ寄ることにした。こちらは、喧騒の醍醐寺と違い、実に静謐そのものであり、入口に小野小町ゆかりの寺という看板があった。中には竹に囲まれるように小野小町の井戸なるものがあり、桜も綺麗に咲いていた。
 つづいて勧修寺である。寺内に入るとすぐ桃の木があり、さざれ石があった。あまり観光客はおらず、のんびりできたのが良かった。
 翌日の6日は、地下鉄とJRとバスを使い、ホテルで「お勧めではない」と言われた伏見桃山城へ、テクテク歩いて出かけた。ここはタクシーもなく、歩くしかない所だったが、観光客は来ないようで、地元の親子がのんびりと満開の桜を楽しんでいた。次は、関白秀吉の奥さんである<ねねの墓>がある高台寺へ行った。ここは観光スポットらしく、お客さんは次から次に押し寄せてくる。寺内は坂道が多く、少々疲れたが花は綺麗だった。
 最後に二条城へ廻り、広すぎる敷地を懸命に歩いたが、桜は申し訳程度にしか咲いておらず、少々がっかりして、東京へ戻り群馬へ帰った。


■平成23年4月13日(水)太田市内・金龍寺(呑龍様)近辺
 太田市内も桜が満開になっているので、家内と二人でお花見をしながら、お昼御飯を頂こうと相談して出かけた。
 花を楽しみながらというより、お弁当の方が氣になっていたが、食事後の散策で満開の桜も満喫した。


■平成23年4月22日(金)~23日(土)赤城千本桜~妙義神社~妙義山さくらの里
 22日は赤城の桜も自粛で屋台の用意はあるけれど、商売はしていないし人影も無く、満開の桜や芝桜が寂しそうにしていた。当然、夜のライトアップは無い。人がいないせいか、黒い兎がポツンと道に出て来ていた。
 翌日出かけた23日の桜は、妙義神社の桜と妙義山のさくらの里で咲いている桜達である。妙義神社の桜は、もう散り始めていたが、躑躅が綺麗に咲いていた。桜の里は山の斜面に連なって咲いており、綺麗だなあと感じた。


■平成23年4月25日(月)塩釜神社~気仙沼市内~大船戸市役所
 あまり先入観を持たないで、塩釜神社に来た。大きな満開の桜やそれの桜の下でお弁当を広げている家族連れなど、ほのぼのとした光景が展開されており、実に長閑な空間と場所だった。参拝道には、日本三大桜と云う看板もあり、良い所に来たなあと思った。気仙沼の被災地を通った時に、少々高台にある桜が満開で、人間の営みなど無関係に綺麗な自然の姿を見せてくれていた。大船戸市役所にも寄ったら、市役所隣の桜も満開だった。


■平成23年4月28日(木)~29日(金)小岩井農場~弘前城さくら祭り~湯魂石薬師堂の足湯~十和田神社~乙女の像~ストーンサークル
 泊まったホテルから10分とのことで、それなら寄ってみるかと28日の朝方に小岩井農場へ入った。寒くて寒くてどうにもならない位である。馬をみたり、熱いミルクを飲んだりしたが、早々に弘前城へ向かった。弘前城へ着くと、こちらはさくら祭りの真只中で、夜のスポットライトは自粛などせずに、お祭りを楽しむと云う。満開の桜と二分咲きの桜が場所を変えて整然と咲いていた。ここは広々とした通りや広場に沢山の屋台が並び、食べ物だけでなく金魚すくいや射的にお化け屋敷などが出ていた。本当にお祭り氣分になって、心が浮き浮きしてくるのを覚えた。城内を歩いていると、土筆が頑張っていたり躑躅も満開だったり、おまけにぬいぐるみの人形までいたりして、お祭りって良いなあと思わせられた。
 翌日の29日は、ホテルの側にあると云う足湯に寄って出発したが、途中に十和田湖へ寄ろうとの奥さんの発言があった。奥さんには逆らえないので、十和田神社へ向かったが、何と車を走らせると、風景が雪山に変わって来るではないか。雪の中を延々と走ってようやく十和田神社へ着くと、天候が荒れて神社と乙女の像に通じる歩く道に、水しぶきがばしゃりばしゃりとかかって来る。寒さに耐え、波しぶきに耐え、雨にも負けず、風にも負けないで、十和田湖視察を終える。高速道路に乗ろうと走り出したら、ストーンサークルがあるとの看板が眼に入り、ちょっと寄ることにした。宇宙人の造ったものかと想像していたら、本当の所は解明されていないとの事である。それにしても、今回のIB方式は、少々長い<たび>となり、途中で下着やシャツを買う羽目になった。家内に言わせると、私が同じものばかり着ているので、多少臭うようだ。これからは替えの上着やズボンを持ってゆくことにしよう。


■東日本大震災・被災地を訪ねる  平成23年24日~30日  那珂湊・塩釜・松島・石巻・女川・浦宿・気仙沼・陸前高田・大船戸・釜石・立丸峠・宮古・普代村・久慈。

 被災地を訪ねようと思い立ち、海岸線を車で走らねば駄目だと考えて出かけたが、途中で通行不能となっている処が何カ所もあり、大槌町や山田町には入れなかったし、道路の進み具合で、南三陸町にも寄れなかった。また、原発の関係で双葉町や相馬市に南相馬市にも行けなかったのが残念である。
 テレビ・マスコミは大げさに報道するのが当たり前だと思っているので、どうしても自分の眼で確認したいと考え、家内に付き添って貰って正解だった。一日中車を運転するのはきつい。家内が来てくれたおかげで、休憩時間を取る事と、飲み物・食べ物をたっぷり用意する事が出来た。

 被災地の現状は、想像以上だった。写真を撮ろうと思っても撮れない所が多く、亡くなった方達の氣持ちをどうしても考えてしまう。大型船舶が黒こげになっていたり、亡霊のような車の残骸が恨めしそうに瓦礫の中に埋まっていたり、礎石だけ残してそっくり建物が焼失していたり等々、瓦礫の山の中をかろうじて通りぬけていると、息苦しくなり、何だかおかしな氣分になってくる。かなりの都会だったろうなあと思われる街の大きな交差点に、5人も6人も警察官が立って交通整理をしている。信号が機能していないために、警察官が苦労している。また、国道を走っていると、自衛隊のテント村をよく見かけた。自衛隊の大型車両が中学校の校庭にぎっしり駐車し、隊員用のテントがアリの這い出る隙間もないと感じられる位、ぎっしりと張られていた。車で走っていると、あちらこちらで、いまだ、山のような瓦礫の中を自衛隊員達が亡くなられた方達を探して活動しているのを見た。何とも言えない心持ちになった。
 各地の市役所や役場に寄ると、災害対策委本部と大書された看板が入口に置いてある。
 想定外と云う言葉が溢れているが、何とも情けない言葉である。想定出来ない津波だったと云うなら、普代村の防潮堤はどうなのか。昔から言い伝えられていた「津波は15メートル以上が来るぞ」との言葉を守って、当時の村長が水門を造り、15メートル以上の防潮堤を築いたお陰で、普代村の中には津波が入って来なかった。今回、どうしても普代村の防潮堤をこの目で見たいと思い、よれよれになりながら行って来た。岩手と云うより、もう青森だと感じたが、先人の見識と実行力に頭が下がった。これが、胆識と云うものだろう。
 各地で見かけたものは、頑張ろうという標語と、(応援に来て頂いた方に)有難うという感謝の標語である。
 「日本人って、たいしたものだなあ」と思えた事が、今回の旅の収穫である。



平成23年04月01日(金)
・平成23年03月03日(木) 太陽電池展
・平成23年03月11日(金) 東北地方太平洋沖大地震 緊急物資輸送車両
・平成23年03月19日(土) 都内の知人宅・蜜蜂
・平成23年03月29日(火) 迦葉山

■平成23年3月3日(木) 太陽電池展
 ぶらぶらと出かけるチャンスが、あまりないけれど、この太陽電池展は奥さんが行きたいと言ったので、二人で出かけたものである。
 太田市北部運動公園に設置されたというパネルも眼に入り、様々なメーカーの展示物を見続けて若干草臥れた。


■平成23年3月11日(金)東北地方太平洋沖大地震
 3月11日は兄の誕生日である。
 その記念すべき日に、巨大地震が発生した。その日は、八丁堀のビジネスホテルに泊まる予定だったが、歩いてゆくには遠すぎると思い、聖橋に泊まった。聖橋事務所はテレビや電子レンジが飛び、本棚が倒れて本が散乱し、食器類も割れて飛び散る惨状だが、被災地に比べれば可愛いものだ。もっとも後片付けは、娘がやってくれたので、私はあまり関与しないままだった。

 翌日、高崎線など鈍行に乗り、太田へ戻ったが、片道6時間かかった。その時、会社では若い世代を中心に、緊急物資を東北地方へ輸送し始めていた。手際の良い動きである。大変な誕生日となった。


■平成23年3月19日(土)中斎塾顧問宅へ歩いて伺う。蜜蜂を飼っているとの事。
 今回の地震を受け、顧問のお話を聞きたいと思い、会社へ伺ったのだが、自宅が歩いていける距離との事で誘われたものである。
 気どらない奥様のお出迎えを受け、誘われるがまま庭に出ると、蜜蜂の巣が幾層にも重なっている状況が眼に入った。相当の蜜が採れるという。メジロが蜜柑を食べにくる様子もカメラに収める事が出来たし、暖かな良い日だった。


■平成23年3月29日(火) 迦葉山
 今月は、巨大地震・大津波、そしてその影響で始まった東電の無計画停電のため、交通機関が乱れてしまい、なかなか旅に出られない。そこでやむなく群馬県内にある<迦葉山>へ、車を使い奥さんと二人で行ってきた。迦葉山は雪の中だった。暖かくならないと参拝客も来ないようで、天狗面やら烏天狗を写してすぐに戻った次第である。来月は、桜の花を見に行きたい。



平成23年03月01日(火)
・平成23年02月15日(火)赤城山
・平成23年02月21日(月)自宅周辺の散策
・平成23年02月25日(金)東京博物館
・平成23年02月26日(土)神田明神・湯島聖堂・横浜中華街・氷川丸

■平成23年02月15日(火)赤城山
 赤城山は雪景色である。今年は、関東地方に雪が少ないので、日本海側の人達には悪いなあと思っていた。野菜直売所側の風車も雪模様だし、周辺の草花も雪の衣装をまとって寒そうだ。


■ 平成23年02月21日(月)自宅周辺の散策
 自宅の周辺を散歩していたら、大きくて姿の良いドングリがあったのでつい撮ってしまった。


■平成23年02月25日(金) 東京博物館
 仏教伝来の道とか掲げて、平山郁夫氏の描いた大作を展示していた。見たいと思い家内に付き合って貰ったが、人・人・人で、何と日本人は文化度の高い国民かと思った。会場より庭の梅の木の方が、よっぽど心が休まる。赤梅・白梅、心が癒される一刻だった。


■平成23年02月26日(土)神田明神・湯島聖堂・横浜中華街・氷川丸
 夫婦でお茶の水界隈を散歩した。神田明神は、車を置く所の屋根に<屋上庭園>が出来ていた。境内緑化事業とかで、ちょっと来ないと様子がすぐ変わるなあと感じた。梅の花にぼけの花を始め、狭い所にぎっしりと様々な木々が植えられていた。緑は良いなあと思う。
 お隣の湯島聖堂も、しょっちゅう来ているがしみじみと時間をとって、ゆっくり建造物を見て回る事は少ないと改めて感じた次第。
 横浜の中華街は久しぶりに来たが、来るまでの交通事情が一変していた。何やら未来を暗示するような電車の名前や、垢ぬけた駅舎にも興味をそそられた。中華街の中にあるマソ廟や関帝廟なども、龍の装飾が場の雰囲気を盛り上げていた。
 氷川丸は、船内をぐるぐる回ったが、写真は外に出て一枚うつしただけである。中で食事はおろかお茶の一杯も飲めなかったのが残念だ。